配偶者短期居住権
1 配偶者居住権とは?
1 配偶者居住権の内容
令和2年4月1日より施行された改正民法では、配偶者居住権という制度に関する条文が新設されました。
配偶者居住権とは、被相続人(亡くなられた人)の配偶者が、被相続人の相続開始時(死亡時)に住んでいた建物について、一定の期間又は終身(亡くなるまでの間)無償で使用することができる権利のことをいいます。このうち、一定の期間無償で使用できる権利の方を配偶者短期居住権といいます。
2 配偶者居住権の必要な理由
配偶者居住権は、被相続人が生前から配偶者とともに自宅に住んでいたところ、被相続人の死亡により配偶者が退去しなければいけなくなる事態を防ぐための制度です。
被相続人が亡くなったとき、配偶者が住んでいた自宅に何らかの権原(所有権や賃借権等)を有していたのであれば、被相続人の死亡後も住み続けることができます。
ところが、配偶者に自宅に対して権原がない場合、今後も住み続けることに問題が生じてしまいます。
3 配偶者が自宅に住み続けるための従来の解決策
この問題については、従前は判例により一定の解決がなされていました。
具体的には、「共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物において被相続人と同居してきたときは、特段の事情のない限り、被相続人と右同居の相続人との間において、被相続人が死亡し相続が開始した後も、遺産分割により右建物の所有関係が最終的に確定するまでの間は、引き続き右同居の相続人にこれを無償で使用させる旨の合意があったものと推認されるのであって、被相続人が死亡した場合は、この時から少なくとも遺産分割終了までの間は、被相続人の地位を承継した他の相続人等が貸主となり、右同居の相続人を借主とする右建物の使用貸借契約関係が存続することになるものというべきである。」(最判平成8年12月17日民集50巻10号2778頁)との判断が示されていました。
4 判例による解決の問題点
もっとも、上記判例は、「少なくとも遺産分割終了までの間」は建物に住み続けることを認めたものであり、遺産分割が終了した後については何ら言及していません。
そのため、遺産分割後も住み続けるためには、配偶者が自ら自宅を相続するか、自宅を相続した人(例えば、被相続人の子)から自宅を借りて住む必要がありました。
もっとも、一般的に不動産は価格が高いことから、配偶者は自宅を相続すると、それ以外の相続財産(現金や預貯金等)は相続できないか、わずかしか相続できないという問題が発生することがあり得ます 。
それどころか、自宅が唯一の相続財産であったり、唯一とまではいえなくとも相続財産のほとんど全てであったりした場合には、配偶者は自宅を相続する代償として、ほかの相続人に代償金を支払わなければならない事態もあり得ます。
そうなると、配偶者は、自宅には住み続けられても老後の資金がなくなってしまう、というリスクが生じてしまいます。
また、自宅を借りる場合も、必ずしも自宅を相続した人から借りられるとは限りませんし、借りられるとしても家賃を支払わなければならなくなることも考えられますから、やはりリスクが生じてしまいます。
このような問題を解決するために新設された制度が配偶者居住権となります。
2 配偶者短期居住権の要件・効果
1 配偶者短期居住権の要件
配偶者居住権には短期のものと終身のものの2種類存在すると説明しましたが、まずは配偶者短期居住権について、どのような場合に成立するのか(要件)と、その効果をこれから説明します。
第1に、配偶者短期居住権の要件ですが、これは「配偶者」が、「被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に無償で居住していた場合」に成立します。
これを細かく分けると、
- 被相続人の配偶者であること
- 被相続人が居住建物の所有権又は共有持分を有していること
- 配偶者が無償で建物に居住していたこと
が成立要件となりますので、以下、詳しく説明していきます。
①被相続人の配偶者であること
「配偶者」には、婚姻関係にあったことが要求されます。
そのため、内縁関係にあった場合にはこれに該当しません。
さらに、配偶者のうち、相続開始時に配偶者居住権(短期ではなく、終身のもの)を取得した者、相続欠格に該当し相続権を失った者、廃除されて相続権を失った者は除外されます。
②被相続人が居住建物の所有権又は共有持分を有していること
これは、所有権のみならず共有持分を有していた場合も含みますので、居住建物が被相続人と配偶者の共有関係にあった場合にも認められます。
③配偶者が無償で建物に居住していたこと
配偶者が無償で居住していることが要求されますので、家賃を払っていたなど、有償で居住している場合には成立しないことになります。
有償で居住しているということは、通常、賃貸借契約等を締結していると考えられますから、居住建物については契約に基づいて住み続けることができ、保護の必要性が少ないと考えられるためです。
また、居住については、「生活の本拠として現に居住の用に供していたこと」をいうとされています。
そのため、配偶者が一時的に入院していたとしても、いずれ居住建物に戻ることが予定されているような場合には、居住の要件を充たすものとされています。
2 配偶者短期居住権の効果
配偶者短期居住権の効果については、配偶者が居住建物を一定期間、無償で使用できるということになります。
「一定期間」については、2つの場合に区分されています。
- 1つは、配偶者が居住建物について遺産共有持分を有している場合には、遺産分割により当該不動産の帰属が確定した日か、相続開始時から6か月経過する日までのいずれか遅い日とされています。
- もう1つは、配偶者が居住建物について遺産共有持分を有しない場合(遺贈や死因贈与、相続放棄等により居住建物が第三者によって取得された場合)は、当該第三者による消滅の申し入れがあった日から6か月を経過する日までとされています。
- 次に、「無償」で使用できるとされていますので、家賃等の対価を支払う必要はありません。また、配偶者は居住建物を使用したという利益を得ることになりますが、この利益は配偶者の具体的相続分から控除されないものとされています。
- さらに、配偶者に認められる「使用」については、文字通り居住等で使用することに限定されています。そのため、居住建物を第三者に貸すなどして「収益」をする権利は含まれていません。
これは、配偶者短期居住権があくまで「短期」の居住を認めて配偶者の従前の居住環境の保護を図る制度であることから、「使用」だけ認めればそれで足りるとの考えがあるからです。そのため、居住建物から「収益」を得ていた場合、通常は何らかの契約関係が存在するものと考えられることから、その契約に基づいて権利が保護されるため、配偶者短期居住権を認めて保護を図る必要性は乏しいといえるからです。 - なお、使用できる居住建物については「無償」で使用していた部分に限られるものとされています。
これも、配偶者短期居住権があくまで「短期」の居住を認めて配偶者の従前の居住環境の保護を図る制度であることから、従前の居住環境だけ保護すればそれで足りるであろうとの考えに基づきます。
3 配偶者短期居住権の消滅
- 最後に、配偶者短期居住権の消滅原因は以下のとおりです。
- 存続期間の満了(上記参照)
- 居住建物取得者による消滅請求(上記参照)
- 配偶者が配偶者居住権を取得した場合
- 配偶者の死亡
- 居住建物の全部滅失等の事情があった場合
- 配偶者による権利放棄
- 配偶者短期居住権が消滅すると、配偶者は、居住建物について配偶者居住権を取得する等によって権原を有しない限り、返還義務を負います。
- 次に、相続開始後に居住建物に付属させた物がある場合にはその収去をすることになります。
- さらに、相続開始後に居住建物に損傷が生じた場合には、原状回復義務を負います。
もっとも、通常の使用及び収益によって生じた居住建物の通常損耗並びに居住建物の経年変化による損傷の場合にはこの義務は負いません。
最後に
本コラムでは,配偶者居住権について解説をいたしました。配偶者居住権に際しては,配偶者居住権に伴い遺産の問題についても専門的な知識を要する場面が多々ございます。少しでもご不安がございましたらお気軽にご相談ください。